Qさまで葉加瀬太郎のスゴイ音楽家、上位3名すご! [音楽]
今夜の「クイズプレゼンバラエティQさま!!(テレ朝)」で久々にテレビに感動した。
完全監修はバイオリニストの葉加瀬太郎さんとのこと。東大生・京大生が投票して選ばれた「スゴイ音楽家」ベスト25にまつわるクイズで、音楽はもちろん算数、国語、社会、芸術など多岐に渡る分野からのクイズが展開された。
音楽問題では、時折、葉加瀬太郎さん自身がバイオリンで奏でる曲の数々に、私が子供の頃に学校生活で耳にしたり学んだりした記憶が蘇った。
7倍速再生の音楽を当てる清水ミチコさんの「耳」に改めて驚かされた。
ベスト25のスゴイ音楽家の上位3名は、1位が天性の才能の音楽家モーツァルト、2位は努力の音楽家ベートーヴェン、3位にジブリ映画の音楽で知られる久石譲さん。
「久石譲」が友人と会話の中で生まれた「ペンネーム」で、マイケルジャクソンの曲で知られる「クインシー(久石)・ジョーンズ(譲)」も文字ったものであることも驚いた。
他にも、当時貴族出身の音楽家だらけの業界に、チェコの音楽家ドヴォルザークが庶民の中から発掘されたなど初耳だった。
何より、カズレーザーさん、宇治原さんを抑えて、最後に残った上位3名の回答者、1位の宮崎美子さん、2位のやくみつるさん、3位の辰巳琢朗さんは本当にお疲れ様でした。
いずれの3名の方は、次々に上位に次々とデッドヒートを繰り返した。
辰巳琢朗さんなんて、予選の時は最下位にまで転落している。にもかかわらず、すぐに上位に盛り返した。
3名持つ奥深い知識のヒントと、そこから回答までを創造する「真の実力」に改めて感銘を受けた。
あまりにも盛りだくさんの内容で、ところどころ問題がショートカットされる場面が目立ったが、編集をまとめるのも大変だったと思う。
久々に、テレビを通して、クイズと音楽の「良い面」を見て、感じることができた夜だった。大いに楽しみました。ありがとうございました。
今夜の「奇跡体験!アンビリバボー(フジテレビ)」のある家族の実話に目が潤んだ。アメリカで実際にあったというお話だ。
25歳の女性が、とある病院で「女の赤ちゃん」を出産したことからストーリーは始まる。
だが、この25歳の母親は当時、夫との離婚の真っただ中にあったこと、そして既に2人の娘をシングルマザーとして育てていたことから、3人目の子供は養子に出す決断をしていた。
アメリカでは養子に出す赤ん坊の出産後、すぐに会えなくなるというのが決まりだそうで、その赤ん坊である"娘"を抱いた時間は、わずか5分だった(母親としての感情が芽生えて、邪魔をしないようにとの配慮らしい)。
やがてその赤ん坊は養子先で"ミシェル"と名付けられ、兄、妹と分け隔たり無く、3人幸せに育てられた。
しかし、ミシェルの目の色はグレーで、兄と妹は青色の瞳。さらに、兄と妹は大人しくて読書好き、勉強も得意だったのだが...ミシェルは対照的で勉強も苦手だったそうだ。
育ての親は、子供には小さいうちから"養子"であるという事実を告げる選択をした。
大人の女性に成長していくミシェルは、次第に自分の"ルーツ"を知りたいという思いが強くなっていった。結婚し、子供も授かったミシェルは、保険の契約の為に"本当の両親"に関する書類が必要になってしまった。
当時、ミシェルが持っていた持病が、両親からの遺伝性のものであるのか、それとも後天的なものであるのか、はっきりとさせなくてはならない事態に陥った。
ミシェルは"養子"を取り持った会社に問い合わせ、事情を説明した。そして、遺伝性であることがわかり、無事に保険契約は成立したのだが...お話はこれで終わらなかった。
ミシェルは先の担当者に「実の母に会いたい」と告白した。
その担当の女性は「原則としてはできませんが...もし(ミシェルの)実の母親も望むのであれば可能です」と告げた。そして「実の母親に聞いてみます」と、ミシェルに希望を与えた。
担当者が実の母親に電話で内容を告げると、母親は明らかに動揺し「そんなことはできない」と答えた。
担当者は「では実の娘さんからの手紙でしたら受け取ってもらえないでしょうか?」と問うと、母親はOKと承諾した。
手紙を書くために教えられた母親の下の名前はキャシー。
「親愛なるキャシーへ」
わずか5分しか抱いていない、赤ん坊だった娘からの手紙には、これまでの人生、好きなもの、どんな生活をしているかなど、色々な言葉が綴られていた。どんなにキャシーに会いたいか言い表せないなど。
後に「素晴らしい手紙」だったと語った母親は、その嬉しさのあまり、手紙を読み終えてすぐに担当の女性へと電話をした。「今、手紙を読みました。ひとつ気になることがあるんです。」と母親は告げた。話を聞いた担当者は「ではお電話で直接、娘さんとお話されてはいかがでしょうか?」と提案した。
数日後、電話ごしに母娘は再会をした。
10年程前、ミシェルはとある美容院で、ネイリストとして働いたことがあった。手紙にはそのことが書かれていた。そして、母親であるキャシーも、その名前の美容院で、受付の"看板娘"として働いていた時期があったのだ。二人はそれぞれの記憶をたどって、お互いに語り合った。
明るくて誰からも好かれる受付嬢だった母親キャシーと、ネイリストだった娘ミシェルは、10年前に既に出会っていたのだ。それ以後は、育ての両親を交えての家族ぐるみでの幸せな交流が始まったという。
2人が話をする仕草や話し方の様子は、周りの人々が「今思えば...」と語ったように、テレビの前でも"そっくり"だった。母娘の"絆(きずな)"は、お互いに知らずとも"神様"が巡り合わせていたという、温くて、とても素敵なお話しだった。
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完全監修はバイオリニストの葉加瀬太郎さんとのこと。東大生・京大生が投票して選ばれた「スゴイ音楽家」ベスト25にまつわるクイズで、音楽はもちろん算数、国語、社会、芸術など多岐に渡る分野からのクイズが展開された。
音楽問題では、時折、葉加瀬太郎さん自身がバイオリンで奏でる曲の数々に、私が子供の頃に学校生活で耳にしたり学んだりした記憶が蘇った。
7倍速再生の音楽を当てる清水ミチコさんの「耳」に改めて驚かされた。
ベスト25のスゴイ音楽家の上位3名は、1位が天性の才能の音楽家モーツァルト、2位は努力の音楽家ベートーヴェン、3位にジブリ映画の音楽で知られる久石譲さん。
「久石譲」が友人と会話の中で生まれた「ペンネーム」で、マイケルジャクソンの曲で知られる「クインシー(久石)・ジョーンズ(譲)」も文字ったものであることも驚いた。
他にも、当時貴族出身の音楽家だらけの業界に、チェコの音楽家ドヴォルザークが庶民の中から発掘されたなど初耳だった。
何より、カズレーザーさん、宇治原さんを抑えて、最後に残った上位3名の回答者、1位の宮崎美子さん、2位のやくみつるさん、3位の辰巳琢朗さんは本当にお疲れ様でした。
いずれの3名の方は、次々に上位に次々とデッドヒートを繰り返した。
辰巳琢朗さんなんて、予選の時は最下位にまで転落している。にもかかわらず、すぐに上位に盛り返した。
3名持つ奥深い知識のヒントと、そこから回答までを創造する「真の実力」に改めて感銘を受けた。
あまりにも盛りだくさんの内容で、ところどころ問題がショートカットされる場面が目立ったが、編集をまとめるのも大変だったと思う。
久々に、テレビを通して、クイズと音楽の「良い面」を見て、感じることができた夜だった。大いに楽しみました。ありがとうございました。
今夜の「奇跡体験!アンビリバボー(フジテレビ)」のある家族の実話に目が潤んだ。アメリカで実際にあったというお話だ。
25歳の女性が、とある病院で「女の赤ちゃん」を出産したことからストーリーは始まる。
だが、この25歳の母親は当時、夫との離婚の真っただ中にあったこと、そして既に2人の娘をシングルマザーとして育てていたことから、3人目の子供は養子に出す決断をしていた。
アメリカでは養子に出す赤ん坊の出産後、すぐに会えなくなるというのが決まりだそうで、その赤ん坊である"娘"を抱いた時間は、わずか5分だった(母親としての感情が芽生えて、邪魔をしないようにとの配慮らしい)。
やがてその赤ん坊は養子先で"ミシェル"と名付けられ、兄、妹と分け隔たり無く、3人幸せに育てられた。
しかし、ミシェルの目の色はグレーで、兄と妹は青色の瞳。さらに、兄と妹は大人しくて読書好き、勉強も得意だったのだが...ミシェルは対照的で勉強も苦手だったそうだ。
育ての親は、子供には小さいうちから"養子"であるという事実を告げる選択をした。
大人の女性に成長していくミシェルは、次第に自分の"ルーツ"を知りたいという思いが強くなっていった。結婚し、子供も授かったミシェルは、保険の契約の為に"本当の両親"に関する書類が必要になってしまった。
当時、ミシェルが持っていた持病が、両親からの遺伝性のものであるのか、それとも後天的なものであるのか、はっきりとさせなくてはならない事態に陥った。
ミシェルは"養子"を取り持った会社に問い合わせ、事情を説明した。そして、遺伝性であることがわかり、無事に保険契約は成立したのだが...お話はこれで終わらなかった。
ミシェルは先の担当者に「実の母に会いたい」と告白した。
その担当の女性は「原則としてはできませんが...もし(ミシェルの)実の母親も望むのであれば可能です」と告げた。そして「実の母親に聞いてみます」と、ミシェルに希望を与えた。
担当者が実の母親に電話で内容を告げると、母親は明らかに動揺し「そんなことはできない」と答えた。
担当者は「では実の娘さんからの手紙でしたら受け取ってもらえないでしょうか?」と問うと、母親はOKと承諾した。
手紙を書くために教えられた母親の下の名前はキャシー。
「親愛なるキャシーへ」
わずか5分しか抱いていない、赤ん坊だった娘からの手紙には、これまでの人生、好きなもの、どんな生活をしているかなど、色々な言葉が綴られていた。どんなにキャシーに会いたいか言い表せないなど。
後に「素晴らしい手紙」だったと語った母親は、その嬉しさのあまり、手紙を読み終えてすぐに担当の女性へと電話をした。「今、手紙を読みました。ひとつ気になることがあるんです。」と母親は告げた。話を聞いた担当者は「ではお電話で直接、娘さんとお話されてはいかがでしょうか?」と提案した。
数日後、電話ごしに母娘は再会をした。
10年程前、ミシェルはとある美容院で、ネイリストとして働いたことがあった。手紙にはそのことが書かれていた。そして、母親であるキャシーも、その名前の美容院で、受付の"看板娘"として働いていた時期があったのだ。二人はそれぞれの記憶をたどって、お互いに語り合った。
明るくて誰からも好かれる受付嬢だった母親キャシーと、ネイリストだった娘ミシェルは、10年前に既に出会っていたのだ。それ以後は、育ての両親を交えての家族ぐるみでの幸せな交流が始まったという。
2人が話をする仕草や話し方の様子は、周りの人々が「今思えば...」と語ったように、テレビの前でも"そっくり"だった。母娘の"絆(きずな)"は、お互いに知らずとも"神様"が巡り合わせていたという、温くて、とても素敵なお話しだった。
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